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2008.10/05 [Sun]
ビーチバレーの浅尾美和さん眼鏡が似合う著名人に贈られる「日本メガネベストドレッサー賞」

眼鏡が似合う著名人に贈られる「日本メガネベストドレッサー賞」受賞者にビーチバレーの浅尾美和さん、ミュージシャンのスガシカオさん、トヨタ自動車の張富士夫会長らが選ばれ、表彰式が1日、都内であった。他の受賞者は、作家の堺屋太一さん、衆院議員の渡辺喜美さん、女優の上野樹里さん。サングラスを頭にかけた浅尾さんは「試合中、相手に目線で打つ場所を悟られないためサングラスは重要。賞をいただき、うれしい」。

◆メガネが似合う著名人を選出する、今年で21回目を迎えた「日本メガネベストドレッサー賞」(主催:日本医用光学機器工業会、社団法人福井県眼鏡協会、リードエグビジョンジャパン)表彰式が1日、東京ビッグサイトにて行われた。
表彰された部門は全部で6部門。政界部門には衆議院議員の渡辺喜美さん、経済界部門にはトヨタ自動車株式会社の張富士夫代表取締役会長、文化界部門には作家の堺屋太一さん、スポーツ部門にはプロビーチバレー選手の浅尾美和さん、サングラス部門にはミュージシャンのスガシカオさん、“今後、メガネをかけて欲しい人”という特別賞には女優の上野樹里さんが選ばれた。
各人の受賞理由とユニークな受賞コメントは以下の通り。“スポーツグラス越しの真剣な眼差しが非常に印象的かつ魅力的である”ということで受賞した浅尾さんは「試合中、相手に目線で打つ場所を悟られないためにもサングラスは重要です」と話す。ビーチバレーではサングラスは必需品と力説した。
また“トレードマークのサングラスが、その強い個性と魅惑的なビジュアルを一層引き立てている”ということで受賞したスガさんは「顔が地味なため、(自分が行なう)ライブ会場でガードマンに止められたことがあった(笑)」と暗い過去を告白。自分を印象づけるということでそれ以来、常にサングラスをかけているそうだ。「今ではサングラスをかけないのはパンツをはかないのと同じくらい恥ずかしい」と話し、会場から大きな笑いを誘った。
極めつけは“自然体な演技でドラマを含む多方面で活躍する姿はまぶしいほど輝いており、その魅力を一層引き立てるアイテムとして、メガネをかけこなして欲しい”ということで受賞した上野さん。「このメガネをかけている私って昆虫っぽい? 何の昆虫かよく分かりませんが、テヘへへ」と、主演して大ブレイクしたドラマ『のだめカンタービレ』の主人公“のだめ”同様に不思議発言。「ドラマでメガネをかけて演じる役があればがんばりたい」と締めくくった。
今年の受賞者の顔触れを見て、たしかにメガネやサングラスも似合っているし、そのイメージもできるので納得だ。
しかしここのところ、他の賞を見渡すと「なぜこの人が?」と思われる人が選ばれているのも少なくない。つい最近では「ベストジーニスト賞」に選ばれた北京五輪フェンシング銀メダリスト太田雄貴選手が、自ら「普段はジャージばかりでジーンズをはかない。なぜ僕が選ばれたのか不思議だ」と恐縮して発言していたのも記憶に新しい。もちろん、選考基準を見れば、「日本在住」「各界でプロフェッショナルとして活躍」「普投よりジーンズを愛用しているか、または協議会としてジーンズの愛用を切望」「ライフスタイルが“ジーンズスピリット”に相通じるものがある」とあるので、必ずしもいつもジーンズをはいていなければならないとはどこにも書いていないのだが、どうしても、主催者側の、「旬な著名人を招いて少しでも注目度をあげたい」という意図が見え隠れしてしまう。
もちろん、本当にジーンズを愛用している著名人も選出されているわけで、同列にするのは失礼だろうし、選ばれた側も戸惑うに違いない。旬な人を選ぶのが悪いというわけではないが、イメージできない人までを受賞させる無茶な選び方は賞自体の権威もなくしてしまうに違いない。
ならば「日本メガネベストドレッサー賞」特別賞のように、“今後、メガネをかけて欲しい人”という銘打ってしまったほうが、潔くてストレートでわかりやすい。第2回(1989年)から設けられたこの賞の設立理由について、同賞事務局プレスルームは「普段、メガネをかけているわけではないが、いま輝いている人でメガネをかけたらきっと似合うだろう人を、今後かけて欲しいという期待を込めて設けました」と話す。おそらく、さまざまな「ベスト○○」賞があると思うが、いずれも誰もが納得するような人物を選出したうえで、別枠ではっきりと「今後○○してほしい人」という賞を設けるべきではないだろうか。
ちなみに眞鍋かをりさん(2007年)、亀田興毅選手、高橋克典さん(2006年)、笑福亭鶴瓶さん(2005年)、八嶋智人さん(2004年)、蝶野正洋さん(2003年)、仲間由紀恵さん、Gacktさん(2002年)、新庄剛史選手(2001年)など歴代受賞者いずれも皆、メガネやサングラスを強烈にイメージできる。
さて同賞は世界20カ国から約500社が出展し、新作メガネフレームやサングラスなどの秋・冬モデルが一堂に集まる「第21回 メガネの国際総合展 IOFT2008」の併設イベント。
残念ながら参加できるのは百貨店や小売店のバイヤーなどメガネ業界関係者のみで一般の人は参加できない。東京ビックサイトの東ホールの広大なスペースに約500の出展ブースが設置され、表彰式会場もその一角に設けられている。
なおわずかな時間でも受賞者の著名人にもブースの新作を見て貰おうと表彰式開始時間の30分前に各ブースまわりの時間を用意。その登場の仕方も大変ユニークで移動式のステージを中央に設置。そこに甲子園出場の高校よろしく、受賞者の名前のプラカードを持った女性たちが登場し、その後に本人たちが壇上。マイクで名前が紹介された後にすぐそれぞれが分かれて、時間が許す限り、各ブースをまわるというものだ。受賞者はしばしの間、新作のメガネを楽しんでいた。多くの著名人も愛用するメガネ。来年開催の第22回表彰式も、「なるほど!いい顔触れだ」と納得できるメガネやサングラスのベストドレッサーたちをぜひとも選考して欲しいものである。
日経トレンディnetより
★浅尾 美和 プロフィール
愛称 キラ
生年月日 1986年2月2日
現年齢 22歳
出身地 日本・三重県鈴鹿市
血液型 O型
公称サイズ(2008年時点)
身長 / 体重 172 cm / 53 kg
BMI 17.9(低体重)
スリーサイズ バスト83cm - ウエスト62cm - ヒップ86 cm
股下 / 身長比 81 cm / 47.1 %
靴のサイズ 24.5 cm
単位系換算[表示]
身長 / 体重 5′ 9″ / 117 lb
スリーサイズ 33 - 24 - 34 in
股下 32 ″
活動
デビュー 2004年
ジャンル ファッション、グラビア
モデル内容 一般、水着
他の活動 プロビーチバレー選手
浅尾 美和(あさお みわ、1986年(昭和61年)2月2日 - )は、日本のプロビーチバレー選手。(元インドアバレーボール選手)。三重県鈴鹿市出身。エスワン所属。競技オフィシャル・パートナーはハーバライフ。
競技生活と平行してタレント活動も行い、ファッションモデルやグラビアアイドルとしても活躍、写真集やDVDなどを発売している。その容貌からビーチバレーの妖精とも呼ばれる。
略歴
兄2人、弟、妹という5人兄弟の真ん中として育つ。三重県立津商業高校では、1年生時よりレフトアタッカーとしてレギュラーを獲得。「キラ」というコートネームは、キラキラ輝く選手になるようにという意味で先輩につけてもらった。在学中、2年連続春高バレー出場、インターハイ・国体には3年連続出場し、3年生時はキャプテンを務めた。
高校卒業後は川合俊一のスカウトを受け、ビーチバレーに転向すると同時に、川合が社長を務める芸能事務所・ケイブロスに所属。モデル業及びタレント活動を始める。
ゴールデンタイムのバラエティ番組に水着で登場し、浅尾の知名度、人気は飛躍的に上がった。浅尾の出場試合は観客が急増し、それに伴い、浅尾を写真撮影しようとする観客も増えた。日本ビーチバレー連盟(JBV)は「(浅尾以外の選手も含めて)選手の写真がネット上や雑誌などへ無断掲載されるのを防止、肖像権を守ることを主な目的として、2007年度から試合の個人撮影を禁止した。
2006年より、世界的に知られるMLM企業、ハーバライフのスポンサードを受ける。
2008年2月より、ペアを組んでいる西堀健実と共に所属クラブをエスワンへ移籍した。この移籍は、ギャランティの配分をめぐるケイブロスとの確執があった事が理由とされている。その後、新コーチに2002年釜山アジア大会金メダリストの渡辺聡を迎え、北京オリンピック代表を目指し世界を転戦していたが、出場に必要なFIVB世界ランキングにおいて上位にはるか及ばず、代表権を得ることは無かった。なお、五輪期間中はタレントとしてテレビ中継番組に出演した。
2008年8〜9月にかけて「大会の冠スポンサーとCM出演スポンサーの業種がバッティングするため」「身内の急病のため」との理由でJBVツアー第4戦・第5戦を相次いで欠場。これに対し東京中日スポーツが「親の死に目にも会えない。プロとはそういう覚悟を持って戦う"特殊な人"だと思っている」「片田舎のビーチにまで足を運ぶファンのためにも、プロとしての責任を果たすべきではなかったか」と浅尾の対応を批判した[1]。しかし実は8月12日に実妹が交通事故に遭い重体、一時容態は持ち直したものの9月5日に亡くなっていたことが判明し、「妹の死よりもツアーを優先しろとは人間としてひどい」と逆に東京中日スポーツを批判する意見がネット上を中心に続出[2]、東京中日スポーツは後に謝罪記事を掲載した[3]。
戦歴
インドア
中学校
2000年 - 第14回全国都道府県対抗 中学バレーボール大会 出場
高等学校
2001年 - 全国高校総体 ベスト16、国民体育大会出場
2002年 - 春の高校バレー全国大会、全国高校総体出場
2003年 - 春の高校バレー全国大会、国民体育大会出場。全国高校総体 ベスト16。
ビーチバレー
2004年
ビーチバレージャパンレディース2004 3位
ワールドツアーイタリア大会、ブラジル大会 本選出場
2005年
6月 ビーチバレー宮古島大会 3位
7月 ワールドツアー 日本大会本戦・ポルトガル大会・フランスパリ大会に出場
8月 PHITEN JAPAN TOUR松山大会3位、福岡大会3位
10月 PHITEN JAPAN TOUR お台場大会 3位
2006年
5月 PHITEN JAPAN TOUR 第2戦東京大会 3位
2007年
4月〜10月 PHITEN JAPAN TOUR 第1戦愛知・第2戦東京・第3戦宮崎・第4戦東京・第5戦福岡大会 3位
8月 ビーチバレージャパン&マーメイドカップ 3位
2008年
4月 PHITEN JAPAN TOUR 第1戦宮崎大会 2位、第2戦愛知大会 5位
ビーチバレー以外の活動
主な出演番組
ジャンクSPORTS(フジテレビ、不定期出演)
ひらめ筋GOLD(日テレ、番組終了)
北京オリンピック中継 アスリートゲスト(日テレ)
CM
サントリー 「ザ・プレミアム・モルツ」(2007年。矢沢永吉、武豊と共演)
サンヨー食品 「サッポロ一番 カップスター」(2007年。「復活新発売」篇)
松下電器産業 「ジョーバ」(日本のおなか篇)(2007年。山本博 (アーチェリー選手) と共演)
サンヨー食品 「サッポロ一番 艶うどん」(2008年1月 - )
アサヒビール 「クリアアサヒ」(2008年の発売当初。浜田雅功と出演)
本田技研工業 「アースルーム・CIVIC HYBRID」(2008年4月 - ジェンソン・バトンと共演)
サンヨー食品 「サッポロ一番 カップスター ビッグ しょうゆ」(2008年4月 - 、相方西堀健実と共演)
その他
「通販DJ」(フジテレビ)EMS運動器シェイプビートを愛用している
出版物
写真集
浅尾美和ファーストフォトブック「asao miwa」ポニーキャニオン ISBN 4594052800 撮影:浦川一憲
DVD
浅尾美和ファーストDVD「asao miwa」ポニーキャニオン ISBN 4988013255548
関連項目
西堀健実 - ペアの相方
川合俊一 - 前の所属事務所社長・日本ビーチバレー連盟会長
浜田雅功 - 「ジャンクSPORTS」への出演をきっかけに交友関係を生じる
ビーチバレー
三重県出身の人物一覧
外部リンク
浅尾美和オフィシャルサイト asaomiwa.net
株式会社エスワン 公式サイト
Yahoo!ファンクラブ 美和日和
脚注
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^ 東京中日スポーツ・2008年9月6日付「記者の目」。執筆は井上学記者。
^ 浅尾美和「肉親の死より試合優先せよ」 記者コラム、中日新聞が訂正へ - J-CASTニュース
^ 東京中日スポーツ・2008年9月10日付「記者の目」









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