多情多感な美青年の主観的ブログで 時折々に感じた事や丸秘情報、季節歳時記やみちのく地域のニュースを発信します。

1コスモス


お待たせ高い青空 仙台で正午28.9度

久しぶりの青空に、広瀬川沿いに咲くコスモスも鮮やかさを増した=8日午前10時30分ごろ、仙台市若林区堰場

 高気圧が東北地方を広く覆ったため、宮城県内は8日朝から、山沿いの一部を除いて久しぶりの青空が広がった。9月に入って初めて、さわやかな一日となった。

 仙台管区気象台によると、仙台の朝の最低気温は21.2度で8月中旬並み。午前中から強い日差しが照り付けて気温は上昇し、正午には28.9度を記録した。

 宮城県地方は、9月に入ってぐずついた空模様が続いていた。仙台で晴天が広がったのは8月20日以来で、実に19日ぶり。

 仙台市若林区堰場の広瀬川沿いの緑地では、コスモスが見ごろを迎えた。陽光を受けたピンクや赤の花が青空に映え、散歩に訪れた親子連れの目を楽しませていた。

 気象台によると、8日夜は気圧の谷の通過で所により曇り空となるが、9日は再び高気圧に覆われて晴れる見込み。河北より

一言 ようやく湿気の少ない日が訪れました。なんとさわやかな一日だったことでしょう。
仙台ではツユに雨が降らずに梅雨開けから雨が降るようになり、変な季節でした。そして蒸し暑さが何時までも続きうんざりしていたら今日ようやく綺麗な青空が拝めました。そしてコスモス。百恵ちゃんの歌が思い起されます。

山口百恵 秋桜 コスモス





ジュリアナ一夜限りの復活!ボディコン祭り

1ジュリアナ


 バブル景気に沸いた1990年代前半、社会現象を巻き起こした巨大ディスコ、ジュリアナ東京が6日、東京・ディファ有明で1日限定復活。当時の常連客だった40代から10代女性まで約1万3000人が詰めかけ、会場のまわりには入れない客の長蛇の列ができた。

 ジュリアナで流されたユーロビートのコンピレーション盤を発売したエイベックスの創立20周年記念企画として開催。黒服と呼ばれた当時の店員9人も集結し、入り口では200着のボディコン衣装が貸し出された。

 元C.C.ガールズの青田典子(40)とお立ち台の女王の異名を取った荒木師匠(38)が高さ1メートル20のお立ち台に登場。扇子を振り回してダンス対決した。荒木はこの日のために4キロ減に成功。「脇の上のポニョをやっつけました。絶対私が一番になる」と青田を挑発。青田も「当時から仲が悪くて髪をひっぱたりしてました。絶対に負けない」と対抗心を燃やしたが、最後は意気投合し、扇子の交換でお互いを認め合った。

 TRFや鼠先輩(35)がゲスト出演し会場を盛り上げた。ただ、TRFのボーカル、YU−KI(41)は体調不良で欠席した。サンスポより



★ジュリアナ東京(ジュリアナとうきょう、営業期間: 1991年5月31日 - 1994年8月31日)は、東京都港区芝浦1丁目13-10に存在したディスコである。
概要
総合商社・日商岩井(当時)とイギリスのレジャー企業・ウェンブリーの共同出資により経営されていた大型ディスコ。正式名称は「JULIANA'S TOKYO British discotheque in 芝浦」。総面積は1200m²、最大で2,000人を収容できる規模だった[1]。ワンレン・ボディコンの女性が集まり人気となったが、1994年8月31日に閉店した。

ダンスホールの両脇に設置された通称「お立ち台」と呼ばれるステージが有名だが、後に撤去され「クリスタルサイドステージ」と名前を変え、高さも面積も縮小して再登場した。またダンスフロアを挟んでDJブースの向かい側の雛壇(ステージ)もあった。

所在地だった港区芝浦〜海岸地区は、バブル期にはウォーターフロントと呼ばれ、港湾設備や倉庫を改造した「芝浦ゴールド」(東京都港区海岸3丁目1-5)や「オーバー」といった有名ディスコが存在し、1980年代のディスコ・ムーブメントの発信地として脚光を浴びていた地域である。今日、実際にはバブル景気の最終末期からバブル崩壊後の風俗であったジュリアナ東京の映像が「バブル景気を象徴する光景」として紹介されてしまうことがあるのは、それらとの混同もあろう。「バブル時代はボディコンで踊り狂い」は、ディスコ・マハラジャに代表される六本木ディスコでの第一次ユーロ(パラパラ)ブーム期(1980年代後半)を指すのがふさわしい。ボディコン姿の女性たちが最寄り駅であるJR田町駅からジュリアナ東京まで徒歩で赴く、という光景も極めて庶民的・ポストバブル的であった。「ボディコン」自体も、バブル期のそれがいわゆる「DCブランド」製であったのに対して、よりカジュアルなもの、もしくは手作りの非常に過激なものであった。

実際、ジュリアナ開店時のコンセプトは、「普通のOLが上品な夜を過ごせる英国資本のコンサバティブディスコ」という内容である。これは、バブル絶頂期、時代の最先端であり、一見客には極めて入りづらかった「芝浦ゴールド」(1989年開店)へのアンチテーゼとして立案された。

しかし、バブル終末期の大衆的若年女性層であったOLは、既に時代の最先端より半歩遅れていた「ボディコン・イケイケ」の路線に拡大再生産を施したものを「時代の最先端」と誤解していた。そのため、敷居の低かったジュリアナは、OLの妄想する「最先端」を具現化する場所となり、往年のバブル絶頂期をデフォルメしたようなディスコになってしまった。 なお、1991年当時、最先端のディスコでは、思いのままに激しく腰をくねらせるバブル時代のダンスとは異なり、振り付けがきまっていて、あまり身体を動かさず、クールな印象を与える現代風のパラパラがブームの萌芽となりつつあった。


選曲の傾向
ジュリアナで当時流れていた曲の傾向は以下の通り。尚、各区分には明確な年代境界があるわけではなく、ここでは便宜上そのように表記している。

黎明期 (オープンから1991年秋頃) - イタロハウス
イタロハウスを中心としてはいたが、どちらかと言えばオールジャンルな傾向があった。
絶頂期 (1991年冬頃から1992年頃) - ハードコアテクノ
T99の"アナスタシア"が受けた事により、それ以降はテクノがメインとなる。選曲傾向は初期のハードコアテクノが多く、現在ではオールドスクールへ分類されるもの。中でも、ジュリアナで好まれていたのは、無機質なリズムへオーケストラ・ヒットを乗せ、ゴスペル歌手のサンプリング(特に絶叫に近いもの)を被せた典型的なレイブサウンドが多かった。当時、洋楽邦楽問わず乱造されたような、間奏部分にとりあえずラップを挿入した曲も比較的多い。当時、日本ではこの系統のジャンルにあたる名称が無かったため、エイベックスではフリーペーパー「ビートフリーク」などで「発狂テクノ」または「デステクノ」などと呼称していた事もある。
安定期 (1993年以降) - ハイパーテクノ
絶頂期に好んで流されていた曲調を、更にユーロビート風に傾斜させたもの。甲高くて早口の女性ヴォーカルのものが多い。強いて言えばハッピーハードコアに分類されるが、ジュリアナで好まれていたものは、中でも日本向けを強く意識した曲が多く、更に言えばハイパーテクノというジャンル名称そのものが日本でしか使われていない。
絶頂期以降の選曲はエイベックスからジュリアナのCD(コンピレーション・アルバム)が発売されていた。マスメディアの報道により広く知られるようになった時期には、まだテクノというジャンルそのものが日本に浸透していなかったために、良い意味でも悪い意味でもテクノを有名にしたと言える。このため、クラブカルチャーを土台として発行していた音楽雑誌やミニコミ誌、またはそれを取り巻くリスナーには、ジュリアナの有名化に当初は困惑の色が濃かったが、次第にそれにも慣れてジュリアナで流れているような曲はテクノと別物として扱うようになっていった。現在でも、ジュリアナで流れていた曲調(絶頂期以降)は、敢えて一つのジャンルとしてカテゴライズされる場合があり、「ジュリテク」「ジュリアナ系」「レイヴサウンド」「ジュリアナサウンド」と呼ばれ、中には「ジュリアナみたい」などと曖昧に呼ばれる場合もある。

現在では「ジュリアナサウンド=商業的なダンス音楽」のような図式が形成されているが、ジュリアナの初期にはアンダーグラウンドな曲もある程度選曲されていた。しかし、客受けなどの理由により後に淘汰され、現在のような図式が形成したといえる。ちなみに上記の事象からハイテクサウンドの印象が強いジュリアナ東京であるものの、意外にもユーロビートは一切かかっていなかった。


閉店
閉店の理由は客足の減少による経営不振。マスメディアの報道と、一大ブームにおける avex の 『JULIANA'S TOKYO』シリーズの CD 売り上げ増加に伴い、付録についている無料入場券でのディスコ初心者の入場者が多数を占めた。これまでとは違った客層が増えたことによって、純粋なダンスフリークやリスナー、上客であったモデルや常連などは足が遠のいた上、一見の初心者がリピートしないことにより、次第に収益が悪化していった。

ディスコは興味本位ではなく「ダンスが好きだ」、「曲が好きだ」、「知り合いと騒ぎたい」、「雰囲気が好きだ」、「目立ちたい」等、遊びなれた自分なりにポリシーを持った人間の集まる場所であったのに対し、単に「肌を露出した女性が多い」かのような報道により、下心を抱いた男性や、勘違いした地方出身の女性などが集まって雰囲気が壊れ、荒廃していった。

ジュリアナの過渡期においても様々な利権が絡み合い、最終的に東雲レクリエーションとマリブグランプリが経営に携わる。

現在閉店後のジュリアナ東京跡地には、総合スポーツセレクトショップ「ASR芝浦」がディスコ時代の建物を一部小変更し現在も営業している。


流行

「ジュリ扇(せん)」
VIPルームの顧客にのみ配られた紫色のロゴ入り扇子を、女性客が持ったままお立ち台で踊ったのを真似たのが始まりとされるが、その後羽根つき扇子が導入されパワーアップして行った。「ロゴ入り扇子」や「羽根つき扇子(羽根扇やジュリ扇)とボディコンでハードコア・テクノやパラパラにのって同じ踊りを踊る」というスタイルは地方の新興ディスコにも波及し、「盆踊りが現代に復活した」とも言われた。

なお、ジュリアナ東京以前のディスコにおいては、熱気やスモークマシーンによる煙に耐えかねた者が飲食用の紙皿を団扇代わりにして扇いでいたのが、ダンスフロアにおいて扇子を振り回すようになったことの起源だという説があるが、1986年京都のマハラジャ祇園店で舞妓が扇子を振り回しお立ち台で踊っていたのが元祖の有力説である。


「ゲッターズ」
マハラジャやジュリアナ東京などに出現する、都内のアソビ系サークルの大学生や若手ビジネスマンを中心とするナンパ集団「ゲッターズ」が一部で有名になった。


演出
主なDJに、ジョン・ロビンソン、3Dら。また、三波春夫がライブを開催するなど、型破りな演出でも話題を呼んだ。また1994年には2アンリミテッドを招き、東京ドームでavex raveを開催した(avex raveは1993年が最初であり、半券を持ってくれば当日はジュリアナが入場無料になった)。


主な顧客
ジュリアナによく遊びに来ていた有名人としては、明石家さんま、三浦知良、田中康夫、武田修宏、だいもん孝之、徳大寺有恒、志茂田景樹、など。また、AV女優やレースクイーンなどが集まることでも有名であった。


関連作品
ここでは、作品内容がジュリアナ東京と関連し、かつ作品名にジュリアナ東京の店名が含まれているものを挙げた。他にも、アナログレコードやDJミックステープの存在が幾つか知られている。


アルバム
エイベックス

JULIANA'S TOKYO TECHNO RAVE PARTY (1992年2月21日、AVCD-11025)
JULIANA'S TOKYO VOL.2 BALEARIC BEATS PARTY (1992年6月21日、AVCD-11045)
JULIANA'S TOKYO VOL.3 RAVE NRG FOR THE FUTURE (1992年10月21日、AVCD-11065)
JULIANA'S TOKYO VOL.4 TRANCE RAVE PARTY (1993年2月25日、AVCD-11101)
JULIANA'S TOKYO VOL.5 (1993年5月21日、AVCD-11116)
JULIANA'S TOKYO VOL.6 "THIS IS THE REAL JULIANA'S TOKYO" (1993年8月21日、AVCD-11133)
JULIANA'S TOKYO VOL.7 RAVE REVOLUTION (1993年11月10日、AVCD-11154)
JULIANA'S TOKYO VOL.8 RAVE GENERATION (1994年2月21日、AVCD-11185)
JULIANA'S TOKYO VOL.9 3rd ANNIVERSARY (1994年5月21日、AVCD-11205))
JULIANA'S TOKYO DJ'S SPECIAL SELECTION (2枚組)(1994年8月10日、AVCD-11216)
JULIANA'S TOKYO LEGEND (4枚組)(1994年12月16日、AVCD-11272)
THE BEST OF JULIANA'S TOKYO 1992 (2枚組)(1992年12月10日、AVCD-11080)
THE BEST OF JULIANA'S TOKYO 1993 (2枚組)(1993年12月10日、AVCD-11163)
JOHN ROBINSON FROM JULIANA'S TOKYO (1993年2月5日、AVCD-11075)
DISCO 90'S presents THE BEST OF JULIANA'S TOKYO (2004年8月25日、AVCD-17494)
東芝EMI

JULIANA'S DJ MEGAMIX POWER PLAY '91〜'92 (1992年9月30日、TOCP-7409)
テイチク

MEGA RAVE PASSION & GUN from JULIANA'S TOKYO VOL.1 (1993年4月21日、TECX-30480)
MEGA RAVE PASSION & GUN from JULIANA'S TOKYO VOL.2 (1993年6月21日、TECX-30519)
THE BEST OF MEGA RAVE PASSION & GUN from JULIANA'S TOKYO (1993年12月16日、TECX-32640)
JULIANA'S GLOBAL DANCE NETWORK-THE CHRISTMAS COLLECTION (1993年11月21日、TECX-30659)

ビデオ
エイベックス

JULIANA'S TOKYO VIRTUAL RAVE-NRG (1993年2月25日、AVVD-90004)

脚注
[ヘルプ]
^ http://trendy.nikkei.co.jp/hit/1991/05.aspx

関連項目
ディスコ
クラブ
折口雅博(ジュリアナ東京の雇われ社長で仕掛け人)
バブル世代
ジャン・アレジ(1993年F1日本グランプリから帰京した夜にここで踊りまくったF1ドライバー)
荒木久美子
にしおかすみこ
イベント系サークル
お立ち台
芝浦
価格据え置き、中身減らす 実質値上げヒタヒタ

スーパーの商品陳列棚。実質値上げの商品が増えている=5日、仙台市若林区

 原材料費高で食品や日用品の値上げが続いている。価格は据え置きで容量を減らす実質値上げの商品も多い。10グラム少なくなったチョコレートや100グラム減った洗剤などが仙台市のスーパーにも並ぶ。価格を引き上げるか中身を減らすかを迫られたメーカーは「値上げすると売り上げが落ちるので、容量減を選択した」と説明。消費者の間では「値上げよりいい」と理解を示す声がある一方、「一時しのぎだ」と疑問の声も出ている。

 若林区のスーパー。陳列棚には、値上げ商品だけでなく、価格はそのままで容量が少なくなった品も増えた。
 その一つ、ロッテのチョコレート「ガーナミルク」は8月から容量が70グラムから60グラムに減った。想定小売価格は100円のままだ。同社は「乳製品の価格上昇に伴う措置。消費者の持つ『ガーナチョコは100円』というイメージを変えたくなく、価格を維持して中身を少なくした」と話す。

 菓子は食品の中で実質値上げが最も顕著だ。明治製菓が5月にチョコ菓子「きのこの山」などを価格据え置きで容量減に踏み切るなど、他社も似た対応をしている。
 容量が180グラムから150グラムになったのは精肉メーカー、伊藤ハムの「チキンナゲット」だ。希望小売価格を変えずに中身を削った。

 広報室は「商品は主に298円で店頭販売されている。300円台になれば売り上げが数%下がり、値上げには抵抗感があった」と説明する。
 丸大食品も8月、魚肉ソーセージを価格据え置きで80グラムから75グラムに小さくした。

 日用品メーカー大手の花王は6月、洗剤「アタック」を1100グラムから100グラム減らした。価格は想定売価400円を保っている。「油脂の価格が上がり、やむを得なかった。消費者のイメージする洗剤の価格を維持したかったので、容量を少なくした」と語る。

 ライオンも同様に洗剤の価格を以前のままにして100グラム少なくした。
 実質値上げに対する消費者の反応はさまざまだ。若林区の主婦(71)は「原材料費の高騰でメーカーの企業努力も限界なのではないか。夫と2人暮らしで多くは食べないので、量が減った方が値上げよりまし」と納得している。

 別の主婦(56)は「値段が同じだったので買ったら、中身が減っていることが最近よくある。ちょっとだまされた感じがして、あまりいい気分がしない」と話している。 河北新報社より
エクスパック振り込め詐欺 中心街に被害現場集中

 エクスパック(定型郵便小包)で金を送金するよう指示される振り込め詐欺の被害現場が、仙台市青葉区のJR仙台駅の駅内郵便局など、中心市街地に集中していることが、宮城県警生活安全企画課の分析で分かった。消費者金融会社が集まる繁華街に被害者を誘い出し、信用度確認などを口実に金を借りさせ、送金させる犯罪形態が浮かび上がっている。

 県警は、現金自動預払機(ATM)による振り込め詐欺への対策が進む中、エクスパック利用詐欺の増加にも警戒を強め、対策を検討している。

 エクスパックを使った振り込め詐欺の件数は今年1―6月の上半期で延べ64件に上り、県内で確認された振り込め詐欺の20.3%を占めた。

 61件は低利融資をうたう金融会社などを装って「初めての利用なので信用度をみるため、消費者金融で○○万円を借り、送金してくれ」などと持ち掛ける融資保証金詐欺、残る3件が架空請求詐欺だった。

 県警が、被害者のエクスパック購入先を調べた結果、仙台駅内郵便局が9件、仙台中央郵便局が3件、塩釜、石巻、仙台東(仙台市宮城野区)、泉(泉区)の各郵便局が各2件―と、駅近くや繁華街の主要郵便局が上位を占めた。

 県警は「街の中心部にある消費者金融会社の看板を探して金を借りるよう携帯電話を通じて指示し、すぐ近くの郵便局から投函(とうかん)させている」(生活安全企画課)と説明する。

 県内の多くの金融機関はATMでの携帯電話の使用を制限しており、県警は犯人が人と接触せずに送金できるエクスパックを振り込め詐欺に使う傾向が強まるとみている。

 郵便局会社東北支社は「エクスパック内に現金を入れていないことを窓口で確認しているほか、犯行に使われた送金先住所の一覧を窓口に備えて照合し、送金を未然に防いだケースも出てきた。複雑な手口に対応できるよう、情報収集と注意喚起の対策に力を入れていきたい」と話している。
河北新報より
青色防犯灯で「悪の心」クールダウン 仙台

1青

試験点灯が行われた青色防犯灯=4日夜、仙台市若林区大和町

 犯罪抑止効果があるとされる青色防犯灯の点灯試験が4日夜、仙台市若林区大和町5丁目の松木公園周辺で行われた。照度などを確かめ、今月中には、区内7地区の50基に青色防犯灯を取り付ける。市内での導入は初めて。

 試験点灯には大和町5丁目町内会などから約40人が参加。公園周辺の2カ所の電柱を選び、高所作業車を使い、約4メートルの高さにある電球を青色に取り換えた。電球はいったん取り外されるが、今月中旬までにあらためて公園周辺の街灯14基を青色にする。

 区は公園周辺で車上荒らしや自動販売機荒らしが多いことなどから、町内会や防犯協会と協議し、青色防犯灯の設置を決めた。

 大和町5丁目に住む無職畑中毅治郎さん(72)は「見ていると、心が穏やかになる気がする」と犯罪減少に期待を寄せた。

 青色防犯灯は心理的に落ち着きを与え、犯罪を抑止する効果があるといわれる。国内では奈良県で初めて採用され、東北では青森県などが既に導入。青森県では、自転車の盗難件数が約3割減る効果があったという。河北新報より
仙台の有志産着を手作り 死産の赤ちゃんに着せて

1産着

死産などで亡くなった赤ちゃんに着せる産着作りに取り組むWithゆうのメンバー=仙台市内

 死産や流産で子どもを亡くした仙台市などの母親たちが、出生前後に亡くなった赤ちゃんに着せる手作りの産着を、病院に贈っている。丹念に縫い上げた一着一着には「悲しみの中でも、母親としての願いをかなえてあげたい」という思いが込められている。

 産着を作っているのは仙台市を拠点に活動する死産経験者らの自助グループ「With ゆう」。宮城県立こども病院(青葉区)のボランティアスタッフから依頼を受け、昨年9月に製作を始めた。

 7年前から同じ取り組みを続けている横浜市のグループに型紙を提供してもらい、毎月2回、メンバーの自宅などで作業に当たっている。

 死産だった赤ちゃんには1000グラムに満たない低体重の子もいる。市販の産着は50センチ未満のサイズがないため、30―50センチの3サイズを作っている。これまでに約30着を仕上げ、こども病院や東北大病院(青葉区)に寄付してきた。

 参加メンバーの1人、石川由佳さん(42)=若林区=は「子どもが亡くなっても、産んだ子に自分で産着を着せたいと母親は願っている。着せられなかった後悔が、後の悲しみをさらに深いものにする」と言う。

 石川さんは2004年1月、妊娠22週目で第4子の次男を亡くした。死産だった。4日後、小さなひつぎの中にいる赤ちゃんと対面。自分で産着を着せられないまま、火葬を迎えた。「病院の気遣いで産着がかけてあったが、自分で着せてあげたかった。しっかりとお別れができず、今も心残り」と振り返る。

 Withゆう代表の佐藤由佳さん(39)=泉区=は「同じ経験をした母親が作った産着を着せてもらうことで子を亡くした親に、悲しい思いをしたのは自分1人じゃないと気付いてほしい。医療関係者とも思いを共有したい」と話している。 河北新報より

一言 なんと心温まる話しではないか。自分より先になくなった不憫なわが子に着せてあげたいとは母親ならではの発想である。今生きていれば何歳と指折り数えて過ごしていらっしゃるご夫婦も多くいらっしゃることでしょう。わが子にだけではなく悲しんでいらっしゃる方々の為にとは涙涙の物語である。
高2女子が母親に切り付ける 殺人未遂容疑で逮捕
 1日午後9時55分ごろ、宮城県大崎市古川の住宅から「家族の頭に刃物が刺さってしまった」と男性の声で119番があった。駆け付けた古川署員に対し、高校2年の女子生徒(16)が母親(47)の頭部などを包丁で切り付けたことを認めたため、同署は2日未明、殺人未遂の疑いで逮捕した。

 調べでは、女子生徒は1日午後9時50分ごろ、自宅1階の寝室で寝ていた母親の頭部の左側を包丁で切りつけ、殺害しようとした疑い。母親は女子生徒ともみ合いとなり、頭のほか手のひらに大けがをした。命に別条はないという。

 署員が駆けつけた当時、女子生徒は泣き叫び、興奮した状態だったという。調べに対し、「母親は自分のことを理解してくれなかった」などと供述。「殺すつもりだったが、血がたくさん出て、びっくりした」と話しているという。

 女子生徒側の弁護人は「女子生徒は統合失調症で、自傷行為をしたと認識している。殺人未遂には当たらない」と主張している。

一言 恐ろしい世の中になったものです。子供が親を平気で殺す時代です。寝ていて寝首をかかれても分かりませんからね。
東北福祉大が頂点 全日本大学ソフト女子

1ソフト

3年ぶり2度目の優勝を決め、主戦高橋(右から3人目)に駆け寄る東北福祉大ナイン=女川町総合運動場

 全日本大学ソフトボール選手権最終日は1日、宮城県女川町の女川町総合運動場などで決勝までを行い、女子決勝は東北福祉大が大阪国際大を3―1で下し、3年ぶり2度目の優勝を果たした。
 東北福祉大は1回、2死一塁から加藤恵理の左中間二塁打で先制。3回は井上愛の右中間三塁打などで2点を加えた。先発の主戦高橋真弓は、4回にソロ本塁打を浴びたものの、威力のある直球を主体に10三振を奪う力投で完投した。
 男子は日体大が5年ぶり27度目の優勝。

 ▽女子準決勝
大阪国際大 1―0 日女体大
東北福祉大 7―0 東女体大

 ▽女子決勝
大阪国際大
   0001000=1
   102000×=3
東北福祉大
(大)中里見―柳田
(東)高橋―石田
▽本塁打 矢野(大)

<監督、主砲とエースたたえる>
 3年ぶりの頂点に立った東北福祉大の舟山監督は「初回の(4番)加藤の先制二塁打でチームが勢いづいた。高橋も粘り強く投げてくれた」と、主砲とエースの活躍をたたえた。

 加藤は準々決勝までの3試合は無安打と低迷。準決勝はバットを短く持って2安打し復調した。「最後の最後で力になれて良かった。本当にうれしい」と満面の笑みを見せた。

 準決勝から連投の高橋は、決勝でも完投。直球の球威は衰えなかった。「嫌いな走り込みを欠かさなかったおかげで、スタミナが切れなかった。この4年間つらいこともあったが、最高の形で終わることができて幸せ」と、うれし涙を流した。 河北より
「電激倉庫」が閉店 14店、分割譲渡の方針
 家電量販、ラオックス(東京)の連結子会社の庄子デンキ(仙台市)は31日夜、展開する家電量販店「電激倉庫」の営業をすべて終了した。消費の冷え込みや競争激化の中で業績好転のめどが立たず、同社の店舗は創業から54年で姿を消した。ラオックスは全14店を分割して営業譲渡する方針で、異業種も含めて複数企業と交渉を進めている。

 この日は、先行して8月3日に閉店した6店を除く、仙台市や石巻市、天童市などの8店が閉店時刻まで通常通り営業した。商品が少なくなった各店に、閉店を惜しむ客が訪れた。

 仙台市太白区の長町南店は午後7時すぎ、静かに店を閉めた。パソコン関連商品を買った同区の会社員男性(30)は「近所なのでよく利用した。最後の記念に買い物をした」と話した。

 全従業員140人は9月20日で解雇される。ラオックスは「従業員の再就職を支援していく。庄子デンキの会社自体はまだ存続するが、廃業の時期は未定」と言う。

 庄子デンキは1954年創業。最盛期は宮城、福島などに30数店を展開したが、2000年にラオックスと資本提携し傘下に入った。庄子デンキ社長は、ラオックスの山下巌社長が兼ねる。競争激化の中、ラオックスは子会社を含めて不採算店の閉鎖を進めている。河北新報より

一言 ダーウィン曰く「強いものが生き残るのではなく、環境に適応できたもののみが生き残るのである。」
ごみ袋足りない 仙台・新制度前に生産ストップ

1袋

中と小のごみ袋が品切れになり、大の袋だけが陳列されたスーパーの棚=仙台市宮城野区

 仙台市の家庭ごみの袋が小売店の店頭から消える事態が起きている。10月に始まるごみ有料化で新しい指定袋が取り入れられるのを見越した袋メーカーが、今の袋が売れ残るのを嫌って生産を控えたためだ。市民は有料化スタート前の9月までは現行の袋を使わざるを得ず、品薄に戸惑っている。

 今の袋は大(45リットル)、中(30リットル)、小(20リットル)があり、中と小の袋の品切れが著しい。

 青葉区の無職男性(58)は8月初旬、中と小の袋を買おうと、近所のスーパーや薬局を6軒回った。だが、どこも大しか売っておらず、目当ての袋は手に入らなかった。

 男性は「うちのごみの量は中か小の袋が適度で大は必要ない。(今の袋を使う期間が)1カ月以上あるのに困る」と言う。

 みやぎ生協(仙台市)の各店では、7月ごろに中と小の在庫が底を突き始めた。メーカーが6月、大を除いて生産を終えたのが響いた。担当者は「客から中、小の袋がほしいと言われたら、事情を話して大を買ってもらっている」と説明する。

 仙台市で3店を営むスーパー「オーケー」も中小の袋が一時品切れした。「客がいつまで買うか分からず、仕入れ調整が難しい」と悩ましげだ。

 名取市の袋メーカーは7月、現行の袋の生産をすべて打ち切った。「販売実績に照らし、品切れにならないよう見積もって生産したつもりだったが、結果的に足りなくなった」と釈明する。

 有料化が始まると、新しい指定袋の使用が義務付けられ、今の袋は使えなくなる。新袋は既に一部のスーパーやコンビニエンスストアで発売されたが、価格が40―9円と現行の袋の約3―5倍で、有料化前の現段階で高い新袋を使う人はいないとみられる。

 仙台市は「現行制度では市が指定したレジ袋もごみ袋として使えるので、そちらで代用してほしい」と話す。ただ、レジ袋も使えるという認識はあまり浸透していないとの見方もあり、関係者は「新たな混乱を招くのではないか」と指摘している。